アルケミスト 夢を旅した少年
本日付で、大学を (正確には大学院修士課程を) 卒業します。
だからというわけじゃないけれど、在学時に学内の書評誌に寄稿した原稿をいくつか、メモ代わりにアップしておくことにします。
誰かに依頼されて、「仕事として」書く文章 (なんと少額ながら原稿料が出るのです) はなかなかに責任が重いというか筆が進まないというかで思っていたより骨が折れましたが、なかなか出来ない貴重な体験だったなあと思います。
一発目は特集テーマ「旅」に合わせて選んだ本。有名な「アルケミスト」について書かせていただきました。
アルケミスト 夢を旅した少年
山川紘矢、山川亜希子訳
角川文庫 一九九七年 五二〇円
あなたは、何を求めて旅をするだろうか。綺麗な景色、美味しい食事、旅先での人との出会い。旅の魅力はいくつもある。
しかしいずれにせよ、人は「自分が持っていない何か」のために居慣れた場所を旅立つのではないかと思う。
本書の主人公、サンチャゴはスペインの平原を旅して生きる羊飼いの少年である。彼は旅への憧れから神父になる道を捨てて羊飼いという仕事を選んだが、羊飼いの生活もまた刺激に満ちたものとは言えなかった。羊毛を刈り、売って回る毎日。一冊の本を読んでは「次はもっと厚い本と交換しよう」とそれを枕にして眠る彼は、ある日自分がピラミッドで宝物を探し出す夢を見る。
その夢をきっかけに、サンチャゴの日々は変わり始める。ある不思議な老人が彼の夢を言い当て、「それはお前の運命である」と彼をエジプトへの長い旅へと送り出したのだ。サンチャゴは旅の途中で数々の困難に見舞われるが、やがてアフリカに渡り、砂漠を越え、ピラミッドにたどり着く。
本書のなかで、言葉を変えて何度も書かれているメッセージは「多くの人は叶えたい夢があっても、それを自分から諦めてしまう。しかし実際はそれを強く望み、真っ直ぐ進んでいけばあらゆるものが夢の達成を手助けしてくれる」ということである。本書でいうアルケミスト、すなわち錬金術師とは、単に鉛を金に変える力を持つ者ではなく、そういった〈世界の仕組み〉に気づいている者のことなのだ。
確かに、これはフィクションの中の話である。現実には金銭や時間や素質や世間体、私たちの夢を阻むものはいくらでもある。しかし、行動を起こさなければ望む物が手に入らないというのはいつの時代や社会でも共通した、揺らぐことのない真実だ。その点で言えば、旅をすることも夢を追うことも本質的には同じで、憧れたもののために前に進むことなのではないだろうか。
本書の著者、パウロ・コエーリョは法律学校に進んだものの、二十三歳のときに中退し、世界を放浪する旅に出ている。三年後に戻ってきた彼は作詞家として成功し、その十五年後に書き上げた本書は世界中でベストセラーとなった。本書に込められたメッセージは、彼自身が体現したのである。
私たちが生きる世界は、物語のように上手くはいかない。成功する保証も、失敗した後の救済も、定められた道筋も、錬金術もないかもしれない。
それでも、胸に抱えたものがある人には、本書を読むことをお薦めしたい。きっと、あなたが旅に出る背中を押してくれるだろう。